以前、ケガを恐れてバレー活動を休止することを書きましたが、
『好きなこと』を指くわえてガマンすることが、やっぱり、私には出来ませんでした…。いくらランニングをしても、他の運動をしても、サッパリ「ピン」とこないのです。今までもずっとランニングをしてましたが、何の為かと言えば、バレーの為の基礎トレーニング、体力維持でした。ですのでバレーを一時休止した間の、目的を失ったトレーニングはどうも味気なくなっていました。確かに、日々の体力維持も、それなりに目的でもありますが。
もやもやしていましたが…。
大きなケガしなけりゃいんでしょ?
ケガしても、明日に差しつかえなけりゃいんでしょ?
ケガした場合の策を立てときゃあいんでしょ?
『遊び』ではありますが、これでカラダも強くなって、空間位置能力鍛えられて、ゲームシナリオ描くことによって脳細胞が鍛えられて、声出して、喜んで、悔しんで、ある時は達成感、ある時は無力感、次までには策を立て直したり、仲間とのコミュニケーションで所属の欲求が満たされたり、または自省の念にかられたり、マサに人生の縮図が、試合にはあるように感じるのです。日常や仕事では殆どの事の結果は、分かるまでに長いスタンスが必要ですよね。しかも実際に良し悪しが余り明確でなくて
もやもやする。その点、バレーで言えば、ルールの中で、『相手のコートにボールが床に落ちる』、その時ナイスプレーヤーは9人制で言えば,多くて4人で誰かわかる。積み重ねて勝つ。ある意味短期、中期の結果で、長期目標の『優勝』に繋ぐ。
その、悔しさ、あるいは達成感が日常に感じるストレスとは流れは一緒でも、使用する回路が違うものだから、リフレッシュになるのです。私は。
…。言い訳が長くなりました。
午前中、クラブチームの試合に参加してきました。練習不足なのでベンチスタートでしたが、局面をむかえて監督より司令。
今日の私は終始冷静でした。ボールの流れが見えました。
いえ、そんなカッコいい話ではなく、面白くて仕方なかっただけです。
監督のいろんな事を考えた采配に、私は乗せてもらっただけです。面白いだけじゃなく反省すべき事がプレーだけでなく沢山浮かびます。
それら全てが、楽しかったのです。仏教的にいいますとね。
で、勝ちました。
2010年6月13日日曜日
久しぶりに音楽にココロが動く
昨日コアコントレーニングを受けたのと
今日も動いていたので、もーカラダが動かない。
こんな時は剛だ。
有心論よりも、剛だ。
ごめん!有心論、若い子に勧められるんだけど。
歌詞もなかなか・・・とは思うんだけど。
おばさんには分からんのだ!
今日も動いていたので、もーカラダが動かない。
こんな時は剛だ。
有心論よりも、剛だ。
ごめん!有心論、若い子に勧められるんだけど。
歌詞もなかなか・・・とは思うんだけど。
おばさんには分からんのだ!
2010年6月11日金曜日
2010年6月9日水曜日
2010年6月6日日曜日
2009年6月5日
去年の昨日、「自分」ということを短時間ではあるけど見失った。そういった体験を今までしなかったことがある意味で、私は幸せなのかも知れないけれど、その時私は初めて体感した喪失感だった。そのきっかけを話せば、もっと苦労している人がいるとか、そんなことくらいでとか、お説教をいう人がいるだろう。そんなことは後からつける理屈で、そんなんを引きずっているのではなくて、その空白になった体感が、忘れられないのだ。
それを心理学では自己崩壊と言うらしい。そういうことは一瞬にして起こってしまう。だから「脱同一化」の訓練が人間には必要なんだと、心理学の先生からご教授いただいた。
それ以前まで、自分の守るべきものが定まっていれば、たとえ窮地に陥ったとしても自分を見失うことなんてなかろうヨ・・・と、なんとなく思っていた。
人間ていうのはつらい記憶を忘れられるから生きていけるのだ・・・なんて聞いたこともあるし、私も3日もすれば、比較的痛みを忘れてケロッとすることが多い。
その体感した感覚を忘れられないのである。
ただ、忘れる必要はないと思っている。
一生考え続けたいと思う。
だから1日1回は、自分と向き合う時間を持つ。
それを心理学では自己崩壊と言うらしい。そういうことは一瞬にして起こってしまう。だから「脱同一化」の訓練が人間には必要なんだと、心理学の先生からご教授いただいた。
それ以前まで、自分の守るべきものが定まっていれば、たとえ窮地に陥ったとしても自分を見失うことなんてなかろうヨ・・・と、なんとなく思っていた。
人間ていうのはつらい記憶を忘れられるから生きていけるのだ・・・なんて聞いたこともあるし、私も3日もすれば、比較的痛みを忘れてケロッとすることが多い。
その体感した感覚を忘れられないのである。
ただ、忘れる必要はないと思っている。
一生考え続けたいと思う。
だから1日1回は、自分と向き合う時間を持つ。
2010年5月6日木曜日
ストレスと運動の反応は同じ。でもメカニズムが違う
ストレス時に血圧や心拍数が急激に上がってしまうのは、そのストレスに対して脅威を感じると起こる反応である。脅威を感じた脳は自律神経や内分泌系の反応を引き起こし、交感神経を活発にする。
動物が脅威的な敵に直面した時
「Fight or Flight」の選択を迫られた時に起きる生理的な反応。
このようにストレスは生理的にも大きな影響を与える。
このストレスが長く続けば、ホメオスタシスは異常をきたし、病気への抵抗力も弱くなる。
ストレスからくる生理的な反応・・・上位中枢からくる情動変化によって心臓血管系を刺激し、血圧、心拍数を上昇させてしまうのだ。
一方、運動活動も血圧、心拍数を上げるが、これは筋活動に伴う抹消からの指令によるもの。
同じ、生理的反応でも全く異なる仕組みなのだ。
動物が脅威的な敵に直面した時
「Fight or Flight」の選択を迫られた時に起きる生理的な反応。
このようにストレスは生理的にも大きな影響を与える。
このストレスが長く続けば、ホメオスタシスは異常をきたし、病気への抵抗力も弱くなる。
ストレスからくる生理的な反応・・・上位中枢からくる情動変化によって心臓血管系を刺激し、血圧、心拍数を上昇させてしまうのだ。
一方、運動活動も血圧、心拍数を上げるが、これは筋活動に伴う抹消からの指令によるもの。
同じ、生理的反応でも全く異なる仕組みなのだ。
2010年5月5日水曜日
ハタ、ハタっと思った日
三寒四温を味わうどころか、今年は春を感じることがあまりできませんでしたね。吐く息が白くなる中で桜を見た日もありました。その分桜は長く咲いて楽しませてくれましたが、寒いまま、5月になりましたね。
5月は私にとって特別です。生まれ月のせいもあって、私は1年の中で5月が大好きです。
5月はずっと昔から、競技をしていた関係で、感動か悔し涙の月でした。
また、5月は、新緑が眩しく、花々が与えられた特性を一生懸命に生かして咲く姿にはココロが動かされてしまいます。ただ、じっと見つめていたくなります。ずーっと、ずーっと。
一昨日その姿をみた悪友が、「自分にはない美しさだから羨ましいだろ!」と冷やかされ、軽いチカラでその背中をどつきましたが、きれいということではなく(?)、その天命を一生懸命全うしようとする自然の力に、ココロを動かされます。
そこで、1回ハタと・・・。
そして2回目のハタ・・・と思ったのは、今日、副代表に大前研一さんツイッターを教えてもらい、つらつら読んでいました。そして夕方、洗濯物をたたみながら、そのツイッターに書かれていたことを反芻していてハタハタ・・・ハタっと思いつきました。
ここ数ヶ月、あれやこれや考えが散漫してしまい、なかなか纏まらないことにイライラしていまいました。そんな状況を早く脱却したくなり、それではダメだと自分と向き合うことを決めました。
自分と向き合うというのは、思ったよりきつい作業です。暗い気分になることもあります。
浮き沈みは道程です。受け止めるしかありません。またそれに少々疲れを感じ始めていました。
そんな悶々としていた数ヶ月を2回のハタ、ハタ!が、私の頭をすっきりさせてくれました。
じゃあ、どうする?
と自分に問えば、
新しい年齢を迎えるのにあたって。
両親が育ててくれた
明るさに感謝して
これだ!と思った時の心の瞬発力、行動力を
を与えてくれたことに感謝して
私を応援してくださる皆さんに感謝して
かつ自分の特徴を活かすために学んでいくしか生きていく方法はない。
実生活とは切り離せない、ライフワークを一生悩みぬく。
そのために、ここ数ヶ月間の自分の状況を一生忘れない。
これが自分だ。こうなるのも自分だ。そんな自分の精神的なサイクルを
しっかり受け止める。それは私にしかできないことです。
「現在の心」に対する工夫を一生続けていくことなんだと改めて思いました。
これは小林秀雄さんの言葉で
「・・・学問する責任は、各自が負わねばならない。真知は普遍的なものだが、
これを得るには、各自の心法、或は心術の如何による。
それも、めいめいの「現在の心」に関する工夫であって、
その他に、「向上神奇玄妙」なる理を求めんとする工夫ではない。・・・」
学問・・・日々の生活から学ぶことを私は同じだと考えました。
「生きてゐる人間なんて仕方のない代物だな。何を考へてゐるのやら、何を言ひだすのやら、
仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事にせよ、解つた例(ため)しがあつたのか。
鑑賞にも観察にも堪へない。其処に行くと死んでしまつた人間といふものは大したものだ。
何故あゝはつきりとしつかりとしてくるんだらう。まさに人間の形をしてゐるよ。してみると、生きてゐる人間とは、人間になりつゝある一種の動物かな」
「無常といふこと」-小林秀雄-
そんな納得を得られたゴールデンウィークでした。
あと1日、明日は柏餅を作ります。
5月は私にとって特別です。生まれ月のせいもあって、私は1年の中で5月が大好きです。
5月はずっと昔から、競技をしていた関係で、感動か悔し涙の月でした。
また、5月は、新緑が眩しく、花々が与えられた特性を一生懸命に生かして咲く姿にはココロが動かされてしまいます。ただ、じっと見つめていたくなります。ずーっと、ずーっと。
一昨日その姿をみた悪友が、「自分にはない美しさだから羨ましいだろ!」と冷やかされ、軽いチカラでその背中をどつきましたが、きれいということではなく(?)、その天命を一生懸命全うしようとする自然の力に、ココロを動かされます。
そこで、1回ハタと・・・。
そして2回目のハタ・・・と思ったのは、今日、副代表に大前研一さんツイッターを教えてもらい、つらつら読んでいました。そして夕方、洗濯物をたたみながら、そのツイッターに書かれていたことを反芻していてハタハタ・・・ハタっと思いつきました。
ここ数ヶ月、あれやこれや考えが散漫してしまい、なかなか纏まらないことにイライラしていまいました。そんな状況を早く脱却したくなり、それではダメだと自分と向き合うことを決めました。
自分と向き合うというのは、思ったよりきつい作業です。暗い気分になることもあります。
浮き沈みは道程です。受け止めるしかありません。またそれに少々疲れを感じ始めていました。
そんな悶々としていた数ヶ月を2回のハタ、ハタ!が、私の頭をすっきりさせてくれました。
じゃあ、どうする?
と自分に問えば、
新しい年齢を迎えるのにあたって。
両親が育ててくれた
明るさに感謝して
これだ!と思った時の心の瞬発力、行動力を
を与えてくれたことに感謝して
私を応援してくださる皆さんに感謝して
かつ自分の特徴を活かすために学んでいくしか生きていく方法はない。
実生活とは切り離せない、ライフワークを一生悩みぬく。
そのために、ここ数ヶ月間の自分の状況を一生忘れない。
これが自分だ。こうなるのも自分だ。そんな自分の精神的なサイクルを
しっかり受け止める。それは私にしかできないことです。
「現在の心」に対する工夫を一生続けていくことなんだと改めて思いました。
これは小林秀雄さんの言葉で
「・・・学問する責任は、各自が負わねばならない。真知は普遍的なものだが、
これを得るには、各自の心法、或は心術の如何による。
それも、めいめいの「現在の心」に関する工夫であって、
その他に、「向上神奇玄妙」なる理を求めんとする工夫ではない。・・・」
学問・・・日々の生活から学ぶことを私は同じだと考えました。
「生きてゐる人間なんて仕方のない代物だな。何を考へてゐるのやら、何を言ひだすのやら、
仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事にせよ、解つた例(ため)しがあつたのか。
鑑賞にも観察にも堪へない。其処に行くと死んでしまつた人間といふものは大したものだ。
何故あゝはつきりとしつかりとしてくるんだらう。まさに人間の形をしてゐるよ。してみると、生きてゐる人間とは、人間になりつゝある一種の動物かな」
「無常といふこと」-小林秀雄-
そんな納得を得られたゴールデンウィークでした。
あと1日、明日は柏餅を作ります。
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